林 圭一のFLIP MY MESSAGE Vol.90

年頭にあたってのご挨拶。

   新年おめでとうございます。今年も当コラムをよろしくご愛読ください。
   さて、今年は今年で皆さん抱負や目標、またそれに伴う計画をお持ちのことかと存じます。
   そういったものに基づき、日々を懸命に送ることは、とても良いことです。
   いわゆる「志をもって事にあたる。」ということですか?
   私も含め誰もが新年を迎えるこの時期、こういったことを考えるものです。
   
   都内のある神社
   別に私はカミ頼みで思いを遂げようとは思いませんが、例年ゲン
   を担いで都内の決まった神社を参拝しております。いわゆる初詣
   というやつ。
   世の中不景気で混迷しているせいか、今年は参拝者が事のほか
   多かったように思いました。
   参拝の長い列に並びながら、
   「やっぱこの時代、皆カミ頼みしかないんでしょ。」
   と軽口たたいたら、まわりの人々は結構反応してました。大変失礼しました。


   テレビで街を行く人達にインタビューしているのを見ても、
   「まあ、家族が健康で大過なく過ごせれば。」
   といった感じの小粒なコメントが多いような気がします。
   そういう私も年頭にあたり高逼な理想や志を語るには及びません。
   上にご紹介したコメントに毛のはえたようなものであります。


   「じゃあ、志が無ければ事は成せないんだろうか?」
   私はこの年末、こうした思いにとらわれていました。と言いますのも、年末に読んだ本
   (仕事や人生の送り方を模索するような分野)には巻頭から「まず志ありき」のようなことが
   力説されていたからです。何かイヤな感じ。
   「じゃあ、志無くして価値ある人生は歩めないんですかね?」と絡みたくなります。

      
  松下幸之助氏
(パナソニック創業者)
   このような問いに対し、十分共感し得る明快な答えを用意
   いたしました。
   とは言っても決して私自身が考えたことではありません。
   
   その後読み進めた数冊の本の中の1冊、
   松下幸之助氏(パナソニック創業者)の考え方です。
   
   端的に要旨をご紹介すると、
   
   志を抱くことは大切で立派なことだ。しかし“大志を抱く”という言葉だけに浮かれては
   ならない。大志を抱かずとも、1日1日を積み重ね、大志を抱いたと同じような成果を得る
   人もいる。私の場合もどちらかというとこのタイプだ。むしろ遠く“大志”という遠方だけ
   を見つめて今日という足元を顧みないのでは志もかえってアダとなる。
   平凡な1日をまじめに働いていく、それが積み重なって、振り返ってみるといつのまにか
   非常に大きな歩みをしていた、という場合も私はあると思う。



   といったものです。どうです、何か救われた気持ちになりませんか?
   "志"なり"ありたい姿"なりが見い出せないと、人はどうしても日々を雑に過ごしてしまう。
   そしてそうした雑な日々からは、決して理想など生まれて来ないのだ。ということを私は
   今年覚えておこうと思います。

   次回は1月15日アップします。