林 圭一のFLIP MY MESSAGE Vol.225

「外人ワーム」という昔話。

先週の当コラム(Vol.224)は久々に林のイラストも炸裂し、大好評だったらしいです。

そのストーリーは…、

 

・ソルティコアチューブは、コアショット製法により作り込まれた画期的ワームである。

・とは言っても、コアショット製法そのものは決して新しいものではない。

・私が生まれて初めてワームというルアーでバスを釣ったのは30年以上も前、リングワームのコアショットカラーだった。

 

といった内容でした、大まかに言って。

 

では今週は、と言いますと、リングワームつながりで思い出した昔話などをひとくさり語ってみようと思います。名付けて「外人ワーム」という昔話、それでは始まり始まり。

 

その昔、私がまだ大学生だったころ、私はもっぱら津久井湖(神奈川県)でバスを釣っていました。まあ、ざっくりとした勘定ですが、私が津久井湖で釣るバスの50%程はワームで、30%程はクランクベイトで、そして残りの20%程はトップウォータープラグで、といったところだったと記憶しています。当時ワームフィッシングといえばテキサスリグ、これしか知りませんでした、というかこれがワームフィッシングのすべてだと思っていました。使ったワームは先週ご紹介したレーベルのリングワームや、ジェリーワームの色々なアイテム、そしてスイートウィリーやフレック等でした。読者の皆さんは、こんな名前だけ聞いてもどんなワームか分からないでしょう。まっ、4"から7.5"までのストレートやカーリーテイルだと思えばよろしい。色は黒や紫、赤、青等が主流。

 

 
そんな私も大学を卒業し、バスフィッシャーマンとしての経験を積むうちにその行動範囲を広げ、色々な湖に出入りするようになっていきました。その中のひとつ、魚がステディに良く釣れたので大好きになったのが河口湖(山梨県)でした。当時入会させていただいたバス・オブ・ジャパンのメンバーが行っていたこともあり、私も河口湖では"白須ボート"の常連になりました。この貸しボート屋さんには大きめの和船タイプの船が幾艇もあって重宝したものです。この和船に8馬力の船外機持ち込んで、ハンドコントロールのエレキ付けて、というのが当時の最新鋭スタイル。
 
土曜日曜の朝ともなると、そういう装備を持った人達で白須ボートはごった返していました。今思い返してみると、その内の2/3程度の人達は日本人、後の1/3程度の人達は米国人でした。このアメリカの人達は、おそらく横田基地等から来る米兵で、いかにも陽気で心からバス釣りを楽しんでいるようでした。
彼等の使う道具は、総じて我々日本人のそれより質素で、エンジンはボンボロの2馬力、ロッドやリールもこう言っては失礼かもしれませんが、安物が多かった気がします。ただ印象的だったのは、米兵は皆巨大なクーラー(コールマン等で売ってる中で最もデカイやつ)を持参していることでした。
 
さて、こうして1日過ぎて陽も暮れて、皆思い思いに撤収の時間です。私なんぞも1日釣ってヘトヘトゲロゲロでエンジン担いだりしているころ、アメリカさんも上がってきます。
すでに申し上げた通り、彼等の道具は質素で少量なので、あまり撤収でゲロゲロしません。そのかわり巨大なクーラーを"エッホエッホ"とふたりがかりで持って上がってくるのが常でした。もう皆さんお分かりの通り、この巨大クーラーの中にはこの日釣ったバスが入っています。それも尋常じゃない量。数えたことはないのですが、あんた50匹はいるでしょ、といった世界。まあ文化の違いとでも言いますか、食べることも彼等にとって重要なバス釣りの一部なのです。
 
 
さて、ここからが本題。質素な道具で「ヒャッヒャッヒャッ」とか笑いながら、大して深く考えてもいない(ように見える)アメリカさんが、シリアスに釣りを研究している(ように見える)我々日本人よりたくさん釣ってくるのだから始末が悪い。
「ナニガチガウノデスカー?」ということで、彼等の質素な道具を注視すると、何やらワームの仕掛けが違うような…。後に"キャロライナリグ"と呼ばれるその仕掛けを知ったのはこの時が初めてでした。でもって、さっそく試す。それまで愛用していたジェリー等のワームで試す。確かにこれまでテキサスリグしか知らなかった私にとっては、目覚ましい釣れ方である。なるほど、ウィードの生えたボトムを効率良く釣るには誠によろしい。オモリをデカくしてもワームがフワッとナチュラルなところも大変よろしく思える。後はアメリカさんが使ってるのと同じワームを入手したいものだ。同じワームさえ手に入れればきっとアメリカさんと同じか、それ以上に釣れるに違いない。何かヒダヒダしたレーベルに似たワーム(当時は"リングワーム"という名称すら知らなかった)をもっぱら使っているようだが、自分が持っているレーベルのやつとは微妙に違う。ああ、アメリカさんのワームが欲しい…。
 
まさか「プリーズ ギブ ミー チョコレート。」でもあるまいし、なかなかに「そのワームちょうだい。」と米兵相手には言いにくいものです。で、考えあぐねた末に私は白須ボートのおばちゃんに頼んでみることにしました。
 
「すみませんが、外人さんに使ってるワームを分けてもらえるよう頼んでくれませんかね?」
 
てな感じ。もちろん気さくで米兵とも仲の良いおばちゃんは、私のためにワームをゲットしてくれました。4"と6"。色はパープル/シルバーフレークとブラック/シルバーフレークの2色。これがすべて、これだけあれば「バスメニーメニーツレルネ。」ということだったのです。おばちゃんやアメリカさんの協力もあって、その後私はバスをメニーメニー釣りました。

ある日、おばちゃんが私に聞きました。
 
おばちゃん;「ところで林クン、この前のあのワーム、何ていうんだろうね
  林  ;「????……。」
おばちゃん;「他の人からも分けてくれって頼まれちゃったんだよ。」
  林  ;「外人ワームと呼んでます、ボクは。」
 
その後、元来気の良い私は、仲間にも外人ワームを分けてあげました。すると皆、それまでにない釣果に恵まれ、外人ワームの虜になりました。それ以降、しばらくの間、外人ワームは仲間内での公然の秘密となり、皆せいぜい楽しんだという昔話はこの辺で…。
外人ワームの現物。6"のパープル/シルバーフレークしかなかったけれど当時の
やつですよ、これは。
白須ボートを何十年も切り盛りされ、河口湖のバス釣りを彩ってこられた白須ご夫妻と私。
この写真を撮りに伺った時も、昔話に花が咲いた。まん中の女性(おばちゃん)が私に
外人ワームをもたらしてくれた。
庭にある物置き小屋にかかげられた看板。多くのアメリカさんが訪れていた歴史に思いを致す。
 

 
  次回は10月19日アップいたします。