林 圭一のFLIP MY MESSAGE Vol.255

酒蓋(さけぶた)の思い出。(後編)

私が小学生だった昭和40年代、酒蓋を用いメンコのようなルールで競い合って遊ぶ、そんな“酒蓋遊び”が大流行しました。おそらく私と同じような年代の男子諸君には、大なり小なり覚えのある遊びではないかと思います。

 

先週の前編でも申し上げたことですが、この“酒蓋遊び”はメンコほどテクニカルな部分には富んでおらず、しばらくはそのゲームに夢中になったとしても奥行きがない分、早晩煮詰まって飽きてくるといった質の遊びでありました。こうなると“酒蓋遊び”は、“酒蓋集め”へと姿を変え、その興味は様々な銘柄の酒蓋を収集する、といった方向へと変化していきます。いかに仲間が持っていない希少で価値のある銘柄の酒蓋を手に入れるかが大きなウェイトを占めていくなか、誰もが知っていて、しかし誰もその蓋を持っていない、幻の銘柄がありました。

「雲山」と称するその銘柄は、当時かなり頻繁にテレビでCMを流していたにもかかわらず、誰ひとりとしてその蓋を見た者がいないという、私達の中での伝説のブランドだったのです。


「雲山の酒蓋を大量に手に入れれば、天下取れるに違いない…。」

私は子供なりに、このような野望を抱きました。

「ウワハハハハハッ、ひれ伏せ一い、この雲山大王様の前にひざまずけ一い!!

私は子供なりに、自分が王様になって雲山の酒蓋を民にバラまいている絵柄を想像しました。

「これは何がなんでも手に入れるしかないよね、言うまでもなく。」

私は子供なりに、かたく心に誓いました。

「しかしどうすれば手に入るのかな…?」

私は子供なりに、考えました。

「そうだ!!

私は子供なりに、思いつきました。

 

「前略、雲山様。僕は林圭一といいます。今、僕は酒蓋を集めています。雲山の酒蓋も欲しいのですが、どうしても手に入りません。友達も皆、それは幻だと言います。どうか雲山様、僕に雲山の酒蓋を分けてください。お願いします。僕は奇跡を信じています。」私は子供なりに、懸命な思いを雲山への手紙にしたためました。インターネットもない時代、どうやって雲山の住所を調べたのかも覚えていません。
しかし、とにかく私は雲山へお願いの手紙を出しました。 

それからいくらかの時間が流れたある日、私の手元に小さな小包が届きました。
揺すってみると中でジャラジャラ音がします。
「やった!!、本当に送ってきてくれた!!ありがとう雲山、すごいぞ雲山!!」
そう、私はついに幻とまで言われた雲山の酒蓋を手に入れたのでした。

考えてみれば、この時だけではありません。私には子供の頃より今に至るまで、常にその時々でどうしても欲しいもの、どうしても叶えたい何かがあったように思えます。そして、そうしたもののためには、可能な限りの手を尽くし工夫や試行を重ねる、それが私達にとって充実した生活を送るということであり、本当の価値を生み出す原動力ともなるのでしょう。
私の場合、このような欲求の多くは釣り人としてのもの、つまりもっと効果的に上手に釣りたい自分が気に入っている道具で釣りたい、といったような領域に収斂されてくるようです。だからこそルアーメーカーを立ち上げ、経営し、飽くことなく日々ものづくりに係わっていられるのだろうと思います。手の切れるような製品を作りたい、そのための技術をこの手にしたい、技術を生かし切れる機器を設備したい、そうしたあらゆる活動を通し会社を少しでも良くしたい…。いくつになっても日々感じるこうした物事への意欲は、子供の頃焦がれたあの酒蓋への想いと何ら変わりはありません。
毎日の課題や目標に向き合い、ひとつひとつに手を尽くしていく、このような感覚を原点として営んでいる限り、物事というのはそう簡単にすたれることはない、そう信じています。

 
「ジャラジャラジャラ…♪。」、
待望の小包を受け取った林少年は歓喜の中、震える手で包みを明けました。すると…、
「ありゃりゃ一、そりゃないよ一(泣)。」
確かに小包には雲山の蓋が100個以上も入っていました。しかしそれは私にとってほとんど意味をなさない仕様のものだったのです。

それまで酒蓋の栓はコルク製というのが常でした。しかしこの頃、栓はコルクからプラスチックへと変わりつつあったのです。当時、私達のなかでは栓はコルクでなければ、いわゆる「酒蓋」とは認識されず、栓がプラスチックである以上、いかに“雲山”であろうともその価値が認められる見込みは低かったのです。そう、私が手にした雲山の蓋はプラスチック栓仕様でありました。

案の定、私と仲間達がつくる“酒蓋市場”において、プラスチック栓の雲山はまったくその価値を評価されませんでした。誠に残念ながら、私は天下も取れず、雲山大王にもなれなかったのです。
しかし、結果はともあれ、この経験は私にとって実に有意義なものでした。物事、積極的に打って出れば、それなりの道が開けていくものだというような感覚をこの時得ることができたからです。ちなみに、当時の酒蓋大流行は、私達の間では栓のプラスチック化に伴い終焉していきました。
 
しかし、このような経験則は、決して消え去ることもなく、その後の私自身の考え方に多少なりとも良い影響を与えたのではないかと感じています。今後とも、あらゆる手を尽くしてみたくなるような、そんな対象を常に持ち続けながら歩んで行けたらどんなにか良いだろう、そう考えながら酒蓋の思い出話は終了とさせていただきます。
今回、皆さんにも雲山の蓋を見せてあげようと考え、通販で雲山を1本取り寄せてみました。
で、これがその瓶に貼ってあるラベル。このように雲山は、今でも健在なのです。
でもって、蓋はどうかというと、ゲゲゲーッ!!、なんと無印…(泣)。
ああ雲山よ、今も昔もここぞというところで肩透かし、かましてくれますな一。
まあ、私にとってこの蓋はいつまでも幻のままというのも、乙なことなのかもしれません。  

  次回は6月7日アップいたします。